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陶方見聞録

マヨリカ焼きで有名な陶器の町、イタリア・ファエンツァ市在住。 造形作家。陶芸はもちろん、絵画や絵本、版画、彫刻から小説、エッセイまで多彩な分野で活躍。2007年には絵本「まねしっこ」は韓国語版(Boim刊)でも出版。Le Terre di Faenza(株) 代表取締役。


絵画や絵本などいろんな分野で活躍されていますが、当社は陶芸機器メーカーなので陶芸を中心にお聞きしたいと思います。まず、今、お住まいのイタリア、ファエンツァについて少し教えてください。

歩いて全部回れる手のひらサイズの小さな町ですが、新聞社やTV局も、銀行、映画館も何件もあります。素晴らしい劇場も広場もあります。よくできている町ですね。暮らしていくには何の不自由もありません。ミラノやローマなどの都会は移民と出稼ぎの人で混雑していますが、ここには定住した人の住む落ち着いた暮らしがあります。日本から来られる人はほとんどフィレンツェ、ベネチア、ミラノ、ローマを訪れますが、東京、大阪のように都会には全てあるという安心感からなのでしょうか。ほんとうの魅力溢れるイタリアというのはファエンツァのような昔から変わらない町にあると思います。


ヨーロッパの焼き物は磁器のイメージがあったのですが、ファエンツァの焼き物はどのようなものですか。

マヨリカ焼のファエンツァは磁器ではなく土です。珍しい土です。まず重さ。日本の土ほどずっしりしない。日本ほど焼き締まらない。温度が1230度上げなくても1100度で焼き締しまってしまう土です。イタリア半島はもともと海の底にあり、隆起して今のイタリア半島になった、その土です。大陸の土とは違います。同じ銅、鉄であっても塑性が違います。釉薬もそれに合わせた釉薬で、わたしはさらにアレンジして使っています。 ファエンツァの焼き物は、伝統的に王侯貴族には使われていましたが一般の人が使う食器は作られない地域です。中世のころから作られて使われていた中には素朴なものもありましたが、大体において一つ一つ何日も掛けて絵付けされた器は高級なので飾り陶器として現在に至っています。同じ器といっても日本で言うような用の美や、使えたほうがいいというものじゃなくて、むしろアートの世界の中の器として存在しています。


そのファエンツァに20年近く住まれて活動されていますが、当初から考えていたのですか。

そういうわけじゃないですね。すごく惚れ込んだわけでもありません。そのとき一瞬にして惚れ込んだ人はさっさと帰っていくと思いますよ。あまりに衝撃的なもがあると長続きしなくて、何か分からないうちに一生懸命やってるみたいな、そういう人間ほど長くいるんじゃないですか、そこに。何か分からないけど、好きか嫌いかじゃなく、何年も過ごしているって感じですね。

日本では器はあまり作っていなくて、立体彫刻を目指し、勉強していました。イタリア国政府官費留学生に選ばれ、初めてイタリアに行きました。大学時代にも行ったことは無く、ゆっくりじっくり勉強をしにいきたいと思っていました。

イタリアでは当初、建築陶芸科というコースに入学し、タイルばかりを勉強していました。日本に帰ってデザインなど何か生かせないかと思って。それがふと土を触っているうちにこれはおもしろいと感じ、大学時代にこういう土、素材で作りたいと思っていたことがはっきりわかってきました。それでその土を使い、立体を発表するようになりました。以前からずっといるみたいな感じです。今は美術館、展覧会、講演会、いろいろなとこから依頼が多くなりました。例えばイタリア国内の女流作家展の美術館の企画やその企画の一部として特別講習会の講師をしたり、中部イタリアの窯場をどのように復活させるかとか、若い人たちを支援する事業で講師をしてくれという依頼等々。日本から教室ぐるみで来られて、わたしの窯場で絵付けをして焼いたものを持ち帰られることも何回かあります。

持っている窯も大きいですよ。タイルを焼くトンネル窯もあるし、大きな窯は3基以上ありますよ。会社にしてしまったわけですからね。


イタリア現代彫刻の巨匠、カルロ・ザウリ氏と親交があったとお聞きして驚いていますが。

京都の近代美術館でカルロ・ザウリ展が催されていましたが、ザウリにはいろんな土を教えてもらもらいました。「こんな土があるぞ」。自分はこんなことをやったんだ、と本人が土を持参して来るんです。ほんとに親しかったですね。いつも私のアトリエの前まで車でやって来て、「いいの作ってるな」なんて言ってくれて。世界一の陶芸家、彫刻家であるザウリが、まるで古くからの私の友人ようでした。ザウリに教えてもらったドイツの黒い土はすごくおもしろいと思いました。ほんとうの黒、真っ黒。黒陶の黒と考えたらいいのだけど、日本では黒陶の黒を出すのに磨いたりいぶしたり大変じゃないですか。黒いその土で作ったら、すばらしく美しい黒光りする黒い焼き物ができてしまう。そんなことも教えてもらいました。いまは若い息子さんがうちへ相談にやって来たりすることがあります。

話は変わりますが、そのザウリが制作していた素晴らしい町ファエンツァが復興するための何かいい宣伝や活動をしなくてはいけないと思っていますが、ぜんぜんできない状態です。こつこつまじめに絵付けをしている町だからどんどんすたれていく感じですよね。昔ながらの形式でやっていると現在の大量生産、工業化、宣伝などから取り残されているという感じもします。信楽とかはその点うまくいっていると聞いたことがあります。団体さんがバスできて観光として日曜ごとに大勢の人がやってくるんですよね。そういうのがきちんとできていれば(ファエンツァは)もう少し栄えると思いますが。


制作についてのご自身のポリシーを教えてください。

考えて考えてこういうものを作ろうとかあんなものを作ろうとか、こういうことをしようと思って作ったのでは、そのものに魂は宿らないですよ。むしろ作品の方がこういうのを作ってくれと私にリクエストしたらそれを作ってあげるみたいな。それは天からの声が聞こえてきて、「そうだこれを作ればいいんだな」と思って制作にかかります。
そのときにはもう目の前には見えるんですよ。もうビジョンが見えている状態で作るんです。立体的に見えているので、色も分かっています。物を作る人はよくそういうことを言われることがありますよね。そうだそうだって私も思います。制作途中の変更はもちろんありますよ。思っていたのはこうじゃなかったとしたら、スパッと切ってしまってまたやればいい。途中からやり直すのだけれど、たいてい途中でやり直すことは少なくてだいたい一気にできてしまいます。あーでもない、こうでもないと言ってる間は迷いがあって、違うのだと思います。よく芸術家はこうじゃない、あーじゃないって、こねくり回して絵を描いたり、悩みながら描いたりしていると言われますが、そういうのは今まで無いのでそのイメージは分かりませんね。もちろん最初のビジョンに近づこうとしてこねくり回して当たり前だろうなんだけど、私の場合は見えているわけだからそれを模写したら、そのまま作れてしまうわけです。結局、目の前に現れたものを忠実に一生懸命に作るというのが持論です。


下書きやラフは描きますか。

忘れそうだったら描いておくのだけど、だいたい覚えています。ボリューム、大きさは、自分の背丈ぐらいあるものまで作ります。その大きさも覚えられます。いつもいつもイメージがあるというのじゃなく、じっと精神を研ぎ澄ましてずっと考えていたらふっと見えたという感じです。ひらめきといえばひらめきですが、これは人間だれしも、みんなにあるのだけれど、ただそれをじっと待ってるか待っていないかで、待っていないとその瞬間を取り逃す。私自身もそうです。他のことばかり一生懸命になって、書き物や雑用をしたりしていて、そのことをずっと追っていなかったら取り逃してしまいます。その瞬間を。
ウサギの話を書いていましたが、凄い速さの野うさぎを捕まえようと構えていないと、準備していないと取り逃してしまう。準備のためにはいつでも仕事に取り掛かれるように土は用意していたり、土の研究もしておく。ちょうど自分の手のいい感触でできるかどうか、焼き上がりはどんな感じになるか、そういうものは常々準備していないといけない。そしてその瞬間を逃さないというのが大切です。だから、みんなひらめきで何かできるはずなのですがそれを取り逃している。もしもできないと言う人がいたら、何を作ったらいいのかわからない人がいたら、きっと取り逃がしていると思います。ただ、ひらめきがあってもそれを表現する力がないとどうしようもないので、日ごろから力を付けていくことは基本の基本ですね。


ろくろについてお聞かせください。

日本の電動ろくろ、シンポさんのろくろは愛用しています。低速でも安定して回り、左回り右回りができる。イタリアのメーカーのろくろは反対周りしかできません。これでは日本の方が来られても試すことができません。それとやはり、日本だなと思うことが、音が静かなことです。これは外国製品はかないません。イタリアの洗濯機も最近やっと、少しだけ静かになってきましたけど。

そしてコンパクトです。イタリアのろくろは大きい。場所もとります。コンパクトは日本ならではです。比較的小さい機種もありますが、パワーがありません。日本のろくろは素晴らしいと思います。大物を引くために低速で回る。きちんとしたものができていると思います。イタリアには背の低い卓上型ろくろが無いので、輸入したいと思っています。特にこれからは若い人はコンパクトなろくろを求めます。かさ張らずにそれでいて力のある卓上ろくろです。

需要はあると思います。私が聞いてるだけでもあります。例えば私自身もいろんなファエンツァの土でオリジナルの土を作っています。その土感を試し様々な立体をつくるためにも、卓上は、実際必要です。ちょっとした絵付けにも重宝します。脚付のろくろが何台かありますが、一つの工房が何台も持つわけにはいかないし。絵付けに使う場合はやっぱりそれなりに回転の性能のいいものでないといけない。そうなると、イタリアの卓上ろくろは中途半端ですから。

イタリアでも趣味で陶芸をする人は増えています。世の中高齢化が進んでいるので退職した人が市の経営している美術学校に行ったり、国立美術陶芸学校も夜間が開かれているのでそこで銀行員の方が卒業証書をもらったってうれしそうにわたしの所へきたりします。こういう人たちへの需要がますますありそうです。


陶芸から絵画、絵本などいろいろな分野で活躍されていますが、今後はどのような方向をお考えですか。

とりあえずは、できることをやっているだけです。絵を描くことも、全部そうなんですが、できないことはできないから、自分ができることを精一杯やっているだけです、いままで。だから、いろいろなことをよくできますねって言われますけど、今はこれができると思ったらそればかりやってるわけだから。できないことはできないので、できることを時間一杯、一生懸命やる。そうしたら何かできるんじゃないかなって。別のことをやっていても片方のことを待っているという、簡単に言えばひらめきなんだけど、何か別のことができないかといつも探っています。毎日が大事だと思います。そうしてるうちに絵本ができたり、器ができたり、絵ができたりしてきます。「がんばるぞ」「やるぞ」という感じはあまりありません。


紹介されるときは造形作家、陶芸家、画家、小説家?

そうですね、小説も書きます。小説「すばる」にもずっと連載していましたし。この先小説家にもなりたいなって思いつつ小説家になれないでいる。好きなことをどんどん広げていくばかり。エッセイストではあるとは思いますが。随分いろいろと書きましたから。でももっと幅広く歌って踊れる陶芸家もいいかなって。
難しいのはいろいろできてもわたしがこだわっているところはそのひとつひとつを極める、納得のいくまで仕上げるということです。いろいろできて幅が広いけど、すかすかでは困る。どこまでひとつひとつが完成したものになるかということが凄く大事なところだと思います。


日本の陶芸教室に通う人たちやアマチュアの方に何かお願いします。

可能性のあることを突き詰めていくことも大事です。だからといって陶芸を習いにいかれてる方が型にはまってしまうのは間違っていると思います。この中でしかやらないと最初から決めてかかっている。教える方も作っている方もやっぱりフィールドを広げていくというのは可能性に挑戦していくという構えで作っていかなければいけないと思います。この中でしかできない、制約の中でしかできないものじゃなくて、もしかしたらできるかもしれないという可能性を探りながら完璧なものを完成させていくというのは大事だと思います。そういう姿勢です。特に焼き物の技術はむずかしいので、完璧なものはできないかもしれないという不安や、うまくいかないことが多くありますが。ただ日本は規制が多すぎて困る、このようにしかできないと言われたと教室に行かれている人からたまにお聞ききします。どうして規制が多いのかと言うと、やはり1230度で焼かないといけないというがんじがらめの規制じゃないかと思います。そうじゃないと釉薬が溶けないとか。一応基本はあるけど日本の焼き物は凄く狭い範囲でしかできないというのが、息が詰まりそうなそういう中での作業になってしまっているというのが私の感想です、実は。日本を離れてからのですよ。

私の展覧会をご覧になった京都の窯元の方が、釉薬も土も温度も違う器を購入されたりする。始めて見るといって。そういう方は偉いですね。意欲を感じます。しかし、中にはこれは温度が違うから焼き物じゃないとか言い出す人も多いのですよ。日本の伝統という型にはめられた中での焼き物のイメージでみられているということだから、日本の焼き物の将来にとっても残念という気がしますね。シンポさんのろくろも世界でも、イタリアで活躍しているわけだし。可能性っていくらでもあるということですよ。この同じろくろから違うものがどんどん出来上がっているわけですから。


最後に、ファエンツァの町のPRみたいなものを。

ファエンツァは15世紀にはマヨリカ陶器の産地として名を馳せ、現在でもイタリア有数の窯場です。国際陶芸美術館や2年に1回開かれるファエンツァ国際ビエンナーレ陶芸展など陶芸と関わりの深い町です。ビエンナーレには日本からの応募が多いですね。また毎年、世界ろくろチャンピオン大会というのがあります。おもしろいですよ。われこそはというツワモノがドイツやオランダからも来ます。最初は時間内で高さを競います。次は横幅、ボリュームのある大皿です。そして造形的なものをどれだけできるか。以前、ろくろは反対周りしかできないと言う人が出場者の中にいて、シンポさんの電動ろくろをわたしが貸してあげました。会場ではろくろはイタリアのろくろなんですよ。スポンサーも結構います。日本人は結構ろくろができる人が多いから、大会に日本人が出たらいいと思います。

ファエンツァでこんな大会がありますよって日本の窯元に呼びかけてみたいですね。私がインフォメーションしましょうか。ツアーを組んでしまったらいいですよね。シンポさんからろくろ一台提供とか。世界中から出展者を募るので日本でもイタリアでもポスターで大きくPRができると思います。世界市場をお考えのシンポさんとしては、どうですか。ファエンツァの町でも観光事業になるので受け入れは市庁舎で大歓迎になると思います。
(聞き手:船)


「中部イタリアに講師に招かれたときのものです。 そこの先生、陶芸家たちとの交流の晩餐会。2006年10月 中央は息子3歳(当時2歳まえ)」。(写真右 岡井さん)


ファエンツァは、15世紀、マヨリカ陶器の産地として名を馳せ、現在でもイタリア最大規模の窯場。市の人口は約54,000人。

ファエンツァの広場



岡井美穂

略歴

1965年 神戸に生まれる
1988年 京都市立芸術大学美術学部工芸科陶磁器専攻 卒
1988年-1990年 芦屋芸術学院 美術工芸科担当
1990年 イタリア国政府官費留学生に選ばれ 渡伊
1992年 ファエンツァ国立陶芸美術学院 陶芸建築専修科 卒
岡井美穂さんの詳細プロフィール


土の精製採掘工房 レ・テレ・ディ・ファエンツァ
失われつあるファエンツァの焼き物文化復興のきっかけになると 注目をあつめている事業です。 一日本人がその事業を起こしたというのも、 異色な話題です。


昨年の個展より 神戸のギャラリー島田にて

ファエンツァの土と釉薬を使った器

絵本「ハバラさんのほし」より

岡井美穂個展開催情報

岡井美穂「絵本原画 ハバラさんの世界」展

日時: 2008年5月26日(月)~6月16日(月)
場所:芦屋画廊

「イタリア・ロマーニャからの風」展

日時: 2008年6月5日(木)~6月11日(水)
場所:近鉄百貨店・阿倍野店6階 美術画廊
ご高覧、お待ち申し上げております。